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偏ってますがいろんな本や雑誌、CDやDVDなど“こんなの買ったよ〜”と紹介したいと思います。
好きな役者さんの紹介も時折しま〜す^^。
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藤田まことさん【プロフィール】
藤田まこと フジタマコト
(本名 原田真)


1933・4・13
東京府池袋

池袋第二尋常小学校
蹉陀国民学校
格致国民学校
大阪市立中学校
京都府立堀川高校



家族 
幸枝夫人 長女 敬子、長男 知樹、次女 絵美子

両親  
林太郎(映画俳優 藤間林太郎) ヒサ

兄弟
姉 1927年生 兄 1929年生

親戚
祖父 医者
伯父 若柳貞次郎(曾我廼家弁天)
伯母 日向きん子

略歴

1933年
原田林太郎(映画俳優 藤間林太郎)・ヒサ夫妻の次男として生まれる。

1936年
母、ヒサ他界。

1940年
池袋第二尋常小学校入学。

1941年
父、再婚。

1943年
大阪・枚方へ引越し。
蹉陀国民学校へ転校。

1944年
京都へ引越し。
格致国民学校へ転校。

1946年
2月、上木家に養子縁組。
4月、大阪市立中学校入学。
6月、長男戦死の為に養子縁組解消。

1949年
京都府立堀川高校入学。

1951年
京都府立堀川高校中退。

1952年
地方周りの劇団入り。
(ダイ・ラケ劇団に所属したり、ディック・ミネについたりした。また吉本興業や渡辺プロにも在籍した。)

1956年
歌う声帯模写で一本立ち

1957年
大阪北野劇場の準専属コメディアンとなる。
初レギュラー「びっくり捕物帳」(ABC)〜1960年

1961年
幸枝夫人と結婚。
「スチャラカ社員」(ABC)〜1966年

1962年
初主演「てなもんや三度笠」(ABC)〜1970年

※「てなもんや〜」終了後、コメディーを辞めキャバレー回りをする。

1973年
「必殺仕置人」(ABC)を始めとする必殺シリーズ開始。〜1996年

1978年
7月、新演技座設立。旗上げ公演「ちりれんげ」。

1983年
第12回ベストドレッサー賞受賞。

1984年
舞台「東海林太郎〜歌こそ我がいのち〜」で第39回芸術祭優秀賞受賞。

1987年
舞台「旅役者駒十郎日記」で第42回芸術祭賞受賞。

1988年
「はぐれ刑事純情派」(テレビ朝日)〜2005年

1991年
舞台「その男ゾルバ」で第41回芸術選奨文部大臣賞受賞。

2002年
紫綬褒章受章。
| 藤田まことさん | comments(1) |
岩下志麻さん【プロフィール】
岩下志麻 イワシタシマ
(本名 篠田志麻 旧姓岩下)


1941・1・3
東京市京橋区銀座4丁目

私立白百合学園幼稚園
私立白百合学園小学校
武蔵野市立第三小学校
武蔵野市立第三中学校
都立武蔵高校
私立明星学園高校
成城大学文芸学部



家族  
篠田正浩(映画監督) 長女 舞

両親  
清(新劇俳優 野々村潔) 美代子(新劇俳優 山岸美代子)

兄弟  
弟 亮(俳優 岩下亮) 

親戚  
伯父 河原崎長十郎(前進座) 伯母 山岸しづ江(山岸美代子実姉)
従兄弟 河原崎長一郎、河原崎次郎、河原崎建三

略歴 

1941年
岩下清(新劇俳優 野々村潔)・美代子(新劇俳優 山岸美代子)夫妻の長女として生まれる。

1950年  
小学校4年の時、私立白百合学園小学校から武蔵野市立第三小学校へ転校。

1957年  
高校2年の時、小児リューマチ熱で長期入院。

1958年  
一年休学で高2をやりなおし。
父の友人の勧めで十朱幸代主演NHK「バス通り裏」の主人公の友人金子トキ子役でドラマデビュー。

1959年  
都立武蔵高校から私立明星学園高校へ転校。

1960年
成城大学文芸学部入学。
松竹入社。映画『乾いた湖』(篠田正浩監督作品)の桂葉子役でスクリーンデビュー。

1961年  
成城大学文芸学部中退。
映画『わが恋の旅路』(篠田正浩監督作品)でブルーリボン賞新人賞、製作者協会新人賞、エランドール賞受賞。

1963年
映画『古都』(中村登監督作品)で京都映画コンクール主演女優賞受賞。

1964年
映画『五瓣の椿』(野村芳太郎監督作品)でブルーリボン賞主演女優賞、ホワイトブロンズ主演女優賞受賞。

1967年
3月3日、京都大徳寺高桐院において映画監督篠田正浩と挙式。
映画『智恵子抄』(中村登監督作品)、『あかね雲』(篠田正浩監督作品)、『女の一生』(野村芳太郎監督作品)でキネマ旬報主演女優賞、毎日映画コンクール主演女優賞、NHK最優秀主演女優賞受賞。

1969年
映画『心中天網島』(篠田正浩監督作品)でキネマ旬報主演女優賞、毎日映画コンクール主演女優賞、ゴールデンアロー賞大賞受賞。

1971年
エールフランス映画祭賞受賞。

1973年
6月、長女舞誕生。

1976年
松竹円満退社。

1977年
映画『はなれ瞽女おりん』(篠田正浩監督作品)で日本アカデミー賞主演女優賞、キネマ旬報主演女優賞、ブルーリボン賞主演女優賞、毎日映画コンクール主演女優賞、報知映画賞主演女優賞受賞。

1986年
映画『極道の妻たち』(五社英雄監督作品)シリーズ始まる。

1988年
田中絹代賞受賞。

1990年
牧野省三賞受賞

1993年
映画『新・極道の妻たち 覚悟しいや』(山下耕作監督作品)で日刊スポーツ映画大賞主演女優賞受賞。

1999年
「きもの志麻」で着物デザイナーとしてデビュー。

2003年
映画『スパイ・ゾルゲ』(篠田正浩監督作品)のメーキングビデオ『わが心の「スパイ・ゾルゲ」 妻・岩下志麻が見た 監督・篠田正浩』で監督デビュー。

2004年
NHK放送文化賞受賞及び紫綬褒章受章。
| 岩下志麻さん | comments(0) |
中村嘉葎雄さん【プロフィール】
中村嘉葎雄 ナカムラカツオ
(本名 小川加沙雄または賀津雄)

※goldenkaren様から賀津雄が本名ではないかとのご指摘を受けました。殆んどのプロフィールが賀津雄であります。私が記載しました加沙雄は昭和55年発行の「演劇界」の臨時増刊号「歌舞伎俳優名鑑」に載っていたものです。「歌舞伎名鑑」に載っていたので正しいと判断し載せました。しっかり確認をとらず載せてしまいましてどうも申し訳ありませんでした。

1938・4・23
東京市赤坂区南青山

私立暁星小学校
私立暁星中学校
私立暁星高校



両親
米吉朗(歌舞伎俳優 三世中村時蔵) ひな

兄弟 
長兄 貴智雄(歌舞伎俳優 四世中村歌六のち廃業)
次兄 茂雄(歌舞伎俳優 四世中村時蔵)
三兄 三喜雄(歌舞伎俳優 初世中村獅童のち廃業)
末兄 錦一(俳優 萬屋錦之介)
四姉一妹

親戚
伯父 初世中村吉右衛門
叔父 十七世中村勘三郎
従兄弟 二世中村吉右衛門 五世中村勘九郎 女優波乃久里子
甥 五世中村歌六 三世中村歌昇 五世中村時蔵 初世中村信二郎 二世中村獅童

略歴

1938年
小川米吉朗(歌舞伎俳優 三世中村時蔵)・ひな夫妻の五男として生まれる。

1943年
9月、東京歌舞伎座において「取替べい」で初舞台。

1955年
松竹入社。映画『振袖剣法』(酒井辰雄監督作品)において中村賀津雄の芸名でスクリーンデビュー。

1957年
松竹退社。兄錦之助のいる東映に入社。

1963年
6月、東映退社。

1964年
フリー初仕事の舞台、芸術座「越前竹人形」の氏家喜助役で芸術祭奨励賞、名古屋演劇ペンクラブ年間賞受賞。

1966年
映画『湖の琴』(田坂具隆監督作品)でブルーリボン助演男優賞、アジア映画祭最優秀助演男優賞、京都市民映画祭最優秀助演男優賞受賞。

1969年
映画『わが恋わが歌』(中村登監督作品)、『尻啖え孫市』(三隅研次監督作品)、『新撰組』(沢島忠監督作品)で毎日映画コンクール助演男優賞、テアトロン賞受賞。

1976年
2月、芸名を中村嘉葎雄に改名。
5月29日、柴田恒子(祐貴子)さんと結婚。

1980年
映画『天平の甍』(熊井啓監督作品)でアジア映画祭優秀男優賞受賞。

1981年
10月、祐貴子夫人と協議離婚。
映画『ラブレター』(東陽一監督作品)、『ブリキの勲章』(中山節夫監督作品)、『仕掛人梅安』(降旗康男監督作品)、『陽炎座』(鈴木清順監督作品)で日本アカデミー賞助演男優賞、キネマ旬報助演男優賞、報知映画賞最優秀助演男優賞受賞。

1996年
日本映画批評家大賞特別賞受賞。
| 中村嘉葎雄さん | comments(5) |
田村高廣さん【プロフィール】
田村高廣 タムラタカヒロ

1928・8・31
京都市右京区太秦

太秦小学校
旧制府立第三中学校(現山城高校)
同志社大学経済学部

家族 
節子夫人 長女 恵、長男 潔

両親  
傳吉(映画俳優 阪東妻三郎) 静子

兄弟 
次弟 俊磨 (サラリーマン)
三弟 正和 (俳優 田村正和)
末弟 幸照 (俳優 田村亮)

略歴

1928年
田村傳吉(映画俳優 阪東妻三郎)・静子夫妻の長男として生まれる。

1952年
同志社大学経済学部卒業
東京・八重洲の茂木商事に入社

1953年
7月7日、父傳吉(映画俳優 阪東妻三郎)脳溢血で他界。享年51歳。
茂木商事退社。
松竹大船撮影所入社。
11月28日、節子夫人と結婚。

1954年
映画『女の園』(木下恵介監督作品)にてデビュー。

1955年
映画『女の園』(木下恵介監督作品)、『二十四の瞳』(木下恵介監督作品)にて国民映画新人男優賞受賞。

1959年
松竹京都撮影所に移籍。

1963年
松竹退社。

1965年
映画『続兵隊やくざ』(田中徳三監督作品)、映画『仇討』(今井正監督作品)で京都市民映画祭助演男優賞受賞。

1966年
映画・兵隊やくざシリーズ、映画『清作の妻』(増村保造監督作品)でホワイトブロンズ賞助演男優賞受賞。また映画『兵隊やくざ』(増村保造監督作品)でブルーリボン助演男優賞受賞。

1982年
映画『泥の河』(小栗康平監督作品)で毎日映画コンクール最優秀男優演技賞受賞。

1987年
映画『春駒のうた』(神山征二郎監督作品)、映画『海と毒薬』(熊井啓監督作品)で山本薩夫記念・日本映画復興特別賞受賞。

1988年
映画『イタズ−熊−』(後藤俊夫監督作品)で芸術選奨文部大臣賞受賞。

1989年
舞台「新版香華」で菊田一夫演劇賞受賞。

1991年
紫綬褒章受章。

1999年
勲四等旭日小綬章受章。

2001年
日本映画批評家大賞ゴールデン・グローリー賞受賞。

2006年
5月16日午前0時19分、脳梗塞のため永眠。享年77歳。
| 田村高廣さん | comments(0) |
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