今日、元プロ野球西鉄ライオンズ(現西武)の投手で「鉄腕」の異名を誇った稲尾和久さんが、悪性腫瘍のため福岡市の病院で亡くなられました。70歳でした。
もう、あまりに急なことで言葉が出ませんでした。
この本は、その稲尾さんの高校の先輩で稲尾さんが目標とされていた河村英文さんのご著書です。
河村さんも西鉄ライオンズの黄金期を支えた主力投手の一人でやはり2005年4月71歳で亡くなられました。
(ちなみにやはり西鉄のOB仰木彬さんも同じく2005年12月に70歳で亡くなられました。)
ほんとに、稲尾さんを含め当時の“野武士軍団”と呼ばれていた西鉄ライオンズははちゃめちゃの一言に尽きます。
この本は巨人の監督を追われた三原脩氏が監督に就任し、河村さんが西鉄に入団した時から当時王者だった巨人との日本シリーズで3連覇を飾った時までのことが書かれてます。
当時の西鉄には「青バット」の大下弘さんが君臨していました。もちろん選手としては一流ですが豪放な性格で私生活の方もかなり華やかでした。
面倒見のいい大下さんは若い選手を連れてかなり遊んだようです。
先輩がこの調子なので河村さんをはじめ代々このような状態が続いたようですが・・・
ここでエピソードをひとつ・・・伝説の朝のランニング事件。
キャンプ地でのこと。今のようにトレーニングウエアなど無かった時代、自分が運動しやすい服装であればよかったらしく・・・ここにスキがあるのです(笑)
練習が終わって遊びに行くのは当たり前の西鉄の面々。思い思いのかっこをして遊びに行き夜帰ってこない者も・・・。
当然早朝の朝のランニングに間にあうはずも無く、全体の4分の3で出発。が、途中で少しずつ人数が増えてきて到着時には全員揃っているというすごい荒業。
もうこんなエピソードがてんこ盛りなのです。
日本シリーズの時だって盛り場に行って朝方まで飲んだり、マージャンしたり今では考えられないんです。
この癖のある面々の数々の悪行!?を黙って見過ごし上手くコントロールした三原監督は本当に“すごい!”のひと言です。
更にその三原監督の気持ちに答え、遊んだ時ほど更に活躍する面々に感服。
圧巻は1958年の対巨人との日本シリーズ。3連敗のあとからの4連勝。
この立役者が“神様 仏様 稲尾様”の稲尾さんなんです。
“西鉄ナインは何かやってくれる”ファンは熱狂しました。
伝説の野武士軍団と言われる所以です。
もう、伝説の野武士軍団も少なくなってきました。。。
この本で往年の西鉄ライオンズを偲びつつ。。。
稲尾さんのご冥福をお祈り致します。
西鉄ライオンズ―伝説の野武士球団
河村 英文